日田産業史

日田木工業協同組合

家具01

■日田家具の芽生え

戦後の昭和21年、日田に復員・帰郷した若者たちは、もろぶたや丸盆、丸椅子などの製作によりそれまで小規模であった日田の家具や建具の生産体系は筑豊炭鉱の隆盛、進駐軍による軍及びその家族向けの家具調達などの大きな需要に支えられ日田家具の礎を築いていく。昭和28年夜明ダムが建設されると、約300年続いた木材の筏流しの歴史は終わりを告げ日田木材と大川家具の関係が途絶えたことが「日田家具」の生産性を更に高める要因となった。現在の「協同組合 日田家具工業会」の前身となる「日田木工業組合」は、昭和29年(1954)に設立された。

▼日田の小倉陸軍造兵廠疎開工場の払い下げ機械や建物を使用しお盆などの製造を始めた朝日ロクロ工業(㈱アサヒ)は、その後この技術を応用し新生小椅子の製造を開始。伊東木工や青栁木工なども含め炭鉱やスマートボール用の椅子など当時の特需に応えることで脚物家具産地の礎を築きました。

▼「日田木工業組合」は、戦前から学校机・椅子などの製作を行っていた日田木工と戦後に製造を始めた伊東木工、朝日木工、佐藤木工の任意組合として昭和20年代初頭に結成されています。昭和29年に法人化された組合は、昭和42年に14社による「協同組合 日田家具工業会」として新発足。家具業界が発展することで資材業者など関連会社の集積地となり日田市の産業活性化に繋がりました。現在の組合は、5社に減少していますが組合に属していない家具メーカーや縫製工場など関連会社は、まだまだ多く存在しています。

■日本有数のソファ産地

新たな生活様式が訪れることを察知し「応接セット」の開発生産を昭和31年に朝日木工が開始。その後市内の数社も応接セットの生産に着手。昭和42年には、日田市の一般会計予算を超える16億円の生産額を目標とする程の勢いとなり昭和50年代半ばには、年商百数十億を超える程の一大産業に成長しました。

▼お盆作りから始り小椅子-ソファを中心とした応接セット-ダイニングセットなど時代のニーズに柔軟に応え発展してきました日田の家具産業ですが特に関東、関西に販路開拓できたことで出荷額も膨らみ特にソファの産地として認知されました。

▼ソファを作る工程には、大きく分けて①製材②木部加工③研磨④塗装⑤裁断縫製⑥木枠組立⑦下張り⑧上張り⑨組立があります。それぞれに専門の職人が必要です。

しかも多くの資材や道具なども必要であり長年の経験や技術の蓄積が無ければ作ることが出来ない商品だからこそ希少であり世に必要とされたのではないでしょうか。

この業界においても安価な海外品に押され厳しい状況下にありますが今まで培ってきた歴史や技術を失わないように日田家具工業会は、業界の発展に取組んでいます。

■次世代への継承

大分県立芸術文化短期大学との産学官連携プロジェクトでは、現状の問題解決だけでなく新たな価値を見出す「提案的デザイン開発」を目指しています。現在では「椅子張り検定」を日田市で開催し家具職人の更なる技術と知識の向上を目指し職人育成にも取り組んでいます。

▼木材産地である中に新たな家具という産業を起こし拡大させてきた先人達。その炎を絶やさぬように更なる発展に努めると同時に未来の担い手に託していく活動も始めています。

【最近の動き】

日田家具業界の更なる発展と周知を目的として2016年家具業界に関わるメンバーで日田家具衆(ひたかぐら/写真A)を結成。IFFT(東京国際家具見本市)に過去/現在/未来をテーマに3年連続出展。2016年/家具産地
に至るまでの地域産業の歴史背景を伝え(写真B) 2017年/現在の主産業であるソファが出来る工程を紹介する絵本「ソファ♪の音楽隊」を製作(写真C) 2018年/地域の企業と共に発展していく未来の地方産業のあり方をコンセプトモデルで表現(写真D) 同年その凱旋報告として市内で初となる工場見学ツアーを開催しました。